2012年モスクワ語学研修レポート

今年は2月29日から3月27日までモスクワにある労働・社会関係アカデミーで短期語学研修を行いました。

「寮生活」

寮生活

私たちが1ヶ月暮らしたのは、労働・社会関係アカデミーの付属寮。設備面で、すきま風や自動モノクロ化機能付きテレビ、使用に堪えない棚など突っ込み所も多々ありましたが、そこはロシア。むしろ不便だからこそ足りないものを補い合って助け合い、私たちの絆は深まっていきました。

食事については、朝食は各自適当(授業は9時に始まります!)。でも、昼食はみんなで仲良く食堂で食べたり、夕飯は協力して備え付けの台所で作ったり、時にはみんなで持ち寄って集まり食事会を開いたりと、和気あいあいとしたものでした。この面での協力は楽しくもあり、また不可欠でもありました。世話を焼いてくれる管理人の素敵なおばさま(дежурная)や、アカデミー卒業生のロシア人、その他色々な国籍の人たちとの触れ合いも忘れられません。彼らは私たちのつたないロシア語に真剣に耳を傾け、ロシア語勉強のコツや人生訓を教えてくれたものでした。

授業

授業風景

授業は毎回あっという間に感じました。歌やダンスなどを交えながらの授業で、楽しく学ぶことができました。日本人がロシア語を話して、日本人には聴き取れるのに、ロシア人の先生には聴き取ってもらえないことがあり不思議でした。正しく発音することは難しいですが、身につけるべきことだなと改めて感じました。

あとは自分から話そうとする姿勢、難しい単語を使わなくても、いかに今自分が知っている単語の中で説明できるかが大事なように思いました。先生が説明していることが理解できず、その場にいた日本人の先生に通訳してもらう場面はたびたびありました。日本ですでに勉強していたことでも、実際に現地に行くと出てこなかったり、忘れていることも多く、日頃の勉強の大事さを再認識させられたように思います。 1ヶ月の授業、またロシアでの生活を通し、今後の課題が見つかり良かったです。誰もが今後のロシア語学習の励みになったのではないかと思います。

観劇

観劇

観劇はバレエ、オペラ、サーカスの3つを見せてもらったが、この3つの共通の印象として、これらの観劇が市民の娯楽としての特徴が強いことに驚かされた。日本ではバレエ、オペラ等の観劇は市民の娯楽というより、上流階級の娯楽としての特徴が強い。それに対してロシアでは普段の服装で家族連れの観客が目立つ。これは両国間の国民の文化に対する関心の差異というより、バレエ、オペラが市民の側によりそって演出などを工夫してきたからではないだろうか。このような劇団の姿勢は日本も大いに学ぶ必要があると感じた。このようにロシアの文化に触れる機会を得られたことに感謝したい。1つ改善点があるとすれば、バレエ、オペラのあらすじを観劇の前に知ることができれば、より理解が深まったと考える。

さまざまな交流

さまざまな交流

談1

今回の短期留学では大学の先生や職員、学生、お店の店員等、多くの人と知り合えました。彼ら、彼女らと話して私が感じたのは、こちらが日本から来たと自己紹介すると興味を持って色々と聞いてきてくれる事です。これは嬉しいことでした。また彼らの名前を日本語で書いているときにまじまじと見入っているのは面白い事でした。

ロシア人の中にはこちらのレベルに合わせて同義の単語を並べてくれる人達もいました。彼らとの会話も大変勉強になりました。ロシアは日本と違いロシア国籍を持った多くの人種、民族が住んでいます。我々日本人はその多くの人たちと分け隔てなく接することができるので、日本人だからこそ行かないと勿体ない国だと思いました。彼らは皆、自分たちの街に誇りを持っており、「モスクワは気に入ったか?」や「また来いよ。」などと言ってきました。この長くも短い留学を終えて、第二の祖国ができた気持ちです。

談2

さまざまな交流2

ロシアでの空き時間は、自分の場合はほとんどタバコを吸うか、課題をやるか、寝ているかでした。自分たちが泊っていた寮には各階1ヶ所ずつ喫煙所があって、喫煙者はそこで吸います。喫煙所では様々なロシア人と出会うことができ、会うたびに会話をしたりして貴重な時間を過ごしました。

ちなみに自分はメンソールのタバコを吸っていますが、ロシアでは人気が無いようです。 ロシアではかなりの確率で「タバコを下さい」と言われます。最初はびっくりしますが、すぐ慣れます。自分からももらいに行ったりしました。5本ほどもらうことができました。 振りかえると自分のモスクワでの生活において、タバコがかなり活躍しました。なので自分はタバコのおかげで余暇をとても有意義に過ごすことができたという感じです。

モスクワ

モスクワ

モスクワは古く美しい建造物もたくさんある一方で現代的なものもあり、結構混沌とした街です。交通の便はまあまあで、主にバスとメトロ(地下鉄)を利用しました。メトロのドアには注意が必要です。ものすごい勢いで閉まります。バスも気を抜けません。停留所のアナウンスが流れないこともあるからです。流れても実際の場所とアナウンスがずれているなんてこともありました。

こうしたことからモスクワにいる間中気が引き締まっていました。自分がいかに日本で気を抜いて生活していたかが分かります。 その他、特に印象に残ったのは、おみやげ市での値引き交渉です。日本ではしたことがなかったので新鮮でした。少しでも値が下がると嬉しいのですが、終わってからもっと下げることができたのではないかなんて思ったりします。やりとり自体が楽しくもあり勉強にもなりました。

サンクト・ペテルブルグ

ペテルブルグ

3月14日、深夜。私達は寝台列車『赤い矢』号に乗り、サンクトペテルブルクへと出発した。

15日の朝に到着した私達は、早速バスに乗り込み、市内観光へ向かった。市街地には西洋的な建物が整然と建ち並び、モスクワとはまた違った歴史を感じさせる。建物の高さがほぼ統一された街並みから覗く教会や聖堂の数々に目を奪われた。午前はイサク聖堂とペトロパブロフスク要塞内を見学した。要塞の荘厳な聖堂内に並ぶ歴代皇帝の棺からは、不思議な威圧感とどこか物悲しさのようなものを感じる。

午後に訪れたエルミタージュ美術館は、近くで見ると更にその壮麗さに圧倒されることとなった。入館してからも、無数の展示品が並ぶその様には息を呑むほどだった。ただ、短時間での見学だったこともあり、じっくり見ることが出来なかったのが心残りだ。1年のうち300日近くが雨、雪、曇りと言われるこの街だが、初日は幸運なことに眩しいばかりの晴天で、『逆光で上手く写真が撮れない!』という贅沢な悩みまで付いてくることになった1日だった。

2日目の午前はエカチェリーナ宮殿を見学した。謁見の間の煌びやかさも素晴らしいものだったが、とりわけ心を惹かれたのはやはり琥珀の間だ。壁一面が色とりどりの艶やかな琥珀で覆われている様はただ美しく、復元に当たった人々の根気と執念に敬服するばかりだ。夜に訪れたマリインスキー劇場でのオペラ鑑賞は、難しくて内容が理解できない(字幕があってもそれを理解できない)という点も含めてとても良い経験になった。

3日目はネフスキー大通りを散策した。古い建物の一階にごく普通のチェーン店やカフェが当たり前のように入っている様に歴史と共存する街の魅力を感じた。初日に車内から見るだけだったカザン大聖堂やスパース・ナ・クラヴィーを間近で見ることが出来、やはりその荘厳さに感動し通しだった。地下鉄に乗る機会もあったのだが、ペテルブルクの地下鉄はモスクワとは違いどこか小奇麗な印象を持った。あれだけ危ないと思っていた地下鉄のドアに挟まれかけたのも、今となってはいい思い出だ。 サンクトペテルブルクでの3日間は、私にとって大変実りのあるものとなった。歴史的建造物に対する感動だけではなく、街にも流れる空気そのものがモスクワとは違うことも実感できたからだ。また必ず、今度は3日間という短い時間ではなくもっと長い期間で来たい、そう思わせる街だった。