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第3回 ロシアにおける「石門心学」の研究
   ―江戸時代の思想家石田梅岩の紹介―

書名:  《心》のあり方についての石田梅岩の教えと日本の生活倫理の成立
  Учение Исиды Байгана о положении ≪серца≫и становление трудовой этики в Японии
著者: L.B.カレロヴァ Л.Б.Карелова
(ロシア科学アカデミー哲学研究所)
出版社: ロシア科学アカデミー《アジア学術》出版所  Издательская фирма ≪Восточная литература≫ РАН
出版年: 2007
ページ数: 318 с.
石田梅岩

紹介者:瀬尾英吉

エッセイスト・雑誌編集者

本書は、ロシア科学アカデミーの東洋学者L.カレロヴァ女史によってロシア語で書かれた、江戸時代を通じて庶民教化に多大の影響力を持った「石門心学」(儒学の心学と区別されて〈石門心学〉と言われる)の祖、石田梅岩の研究・紹介書である。

著者は石田梅岩(1685〜1744)という思想家、の教えの中に日本人の伝統的な思想にもとづく独自なものの考え方(処世観、労働観、経済観)があることに注目している。氏は梅岩の教えは従来日本人が古来より受け継いできた三教(神道、仏教、儒教)および老荘思想をも取り入れ習合したもので、その実践的な教えはひろく江戸庶民町民の心を捉え、近代化にさしかかった時代の国民教育・啓蒙に大きく貢献したという。近代日本の発展の原動力となった町人・商人階級のイデオロギーの底流をつくり、さらには日本人特有の価値観、国民性にも及ぼした影響も大きく、日本の経済システム及び経済生活に独自な基盤を形成したと高く評価している。この心学を通じて日本人の心と社会の興味ある分析を行なっている。

従来「心学」と言えば、何となく何よりもまずその通俗性と教訓性が思い起こされ、思想としての深みや論理性がないように思われて、とかく軽視せられ勝ちであったが、近年は、いまや、そのことの故にそれがわが国近世庶民の生きた倫理を培った思想の一つとして新しく見直され、新しい評価を与えられようとしており、本書の著者も多くの例を挙げている。海外においても、心学を日本の近代化の前提や日本的思考の特性の問題と関係付けて取り上げ、新しい評価を加える試みがあるらしい。

日本でも今日では知る人がすくない江戸時代のユニークな思想家、梅岩にロシアの女性研究者が注目してこのようにすぐれた研究を発表していることに驚かされる。

ロシアの日本研究は恐らく世界でもっとも古い歴史をもち、また優秀な学者を輩出し、その学灯は世界中で受け継がれているが、さすがにロシア本国ではこのような高度な研究が孜々として続けられているのか、と、あらためてロシアの日本研究の奥深さを感じさせられる。

 本書にはカレロヴァ女史による梅岩の二著作「都鄙問答」と「倹約斉家論」のロシア語訳が付されており、これが見事である。巻末の参考文献目録や人名・事項索引(これだけでも十分に刺激的である)とともに本書を梅岩の完璧な紹介書たらしめている。

 

本書の目次:

T 石田梅岩の(石門心学)が生まれた社会的環境

1. 17世紀末-18世紀始めの日本

2. 都市文化の形成

3. 徳川時代の世界観

4. 教師石田と石門心学派の歴史

U 日本の伝統文化に占める石田梅岩の思想と「心学」

1. 日本の宗教・思想の教説の中での「心」の概念

2. 石門心学の教えと三学(儒学・神学・佛教)統一理論との関係

3. 石田梅岩の教え:ものの考え方と見方

4. (心学):教えの基本と説明

5. (心)の把握の意味

6. 言行一致の理論

V 石田梅岩と日本の勤勉倫理の教え

1. 徳川時代の勤勉の倫理を説く社会文化模範の教え

2. 石田梅岩の教えの中での勤勉の勧めと職分の教え

3. 商人階級の倫理の教え―《商人の道》

4. 倹約 ― 石門心学の基本倫理。

付録;(翻訳)

   都鄙問答(石田梅岩著)

   倹約斉家論(石田梅岩著)

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